分かれ目の時

2023年03月11日 こころ院長ブログ

昨日のWBC 日本対韓国。

帰路の際に、3−0で負けていて、日本の攻撃。

フォアボールからの出塁。

徐々に塁上を埋め、1点、2点と詰める。

そこで、韓国、ピッチャー交代。

アップの時間に、車を降りて、自宅へ。

子供と遊ぶ約束をしていたが、

“この試合は、ここで同点、もしくは1点でも逆転したら、日本の勝ち、

その重要な局面だから、ここだけ見せてね“と

一緒に観戦。

結果、3−4と逆転。

状況的には、3−6くらいまでは、簡単に持って行けそうな場面で、3−4。

韓国としては、よく抑えたという場面であった。

しかし、勝負としては、すでに決していたと思う。

ダルビッシュの失点、エラーによる失点を即座にお返ししてやったと言う、

日本の士気の向上、高揚感、アドレナリン爆発。

そして、昨日の敗北からの先制大量点による高揚感からの瞬時の失速、

まして対日本での逆転劇、昨日の敗北の記憶が蘇り今日も?という疑念、

日本と戦うときの独特の自国民に対するプレッシャーなどがおしかかり、

もはや韓国選手は、持てる能力を発揮しきれなくなる可能性が高かった。

故に、3−4の状態を見届けたら、

“今日は、もう勝った。圧勝だね“と、テレビを消して、子供と遊ぶ約束を優先しました。

結果は、今朝の新聞で。

4−13の圧勝。

ほぼ予想通り。

これは、日本と韓国の実力差ではない。

3−0のあの瞬間に3−4以上に持ってった日本が流れを完全に支配したと言うこと。

あそこで、3−2以下に抑えていたら、逆に、日本の敗北が濃厚だったと考えています。

人生においても、ここだというタイミングで、これだということが決断、行動できる人は、

時流に乗って、どんどん成功するんだと思う。

逆に、決断できない人や行動できない人、ここぞで過ちを起こしてしまう人は、伸び悩み、

泥沼にハマってしまうのかもしれない。